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馳せた。
十数歩分の間合が瞬時に消え去り、人擬態級の驚愕の表情が眼前を埋め尽くす。
撃つ。
いつも以上の速度と腕力――そしてたぎる思いのすべてを込めた拳が、人擬態級を軽々と吹き飛ばし、奥の壁へと叩きつけた。 -
我が子を授かる夢
げはっ――
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瞬発。猛追。一瞬にして壁に駆け寄ったラギトの拳が閃く。
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ラギト
――おぉおっ!
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乱打に次ぐ乱打に次ぐ乱打に次ぐ乱打。
壁にめりこんだ人擬態級の顔面に、宣言通り情けのかけらもない執拗な打撃を叩き込めるだけ叩き込む。
並みの〈ロストメア〉なら、とうに消滅していておかしくないほどの猛撃を浴びながら、人擬態級は激怒の咆哮を上げた。 -
我が子を授かる夢
おのれェェエエエェエエエエッ!
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女の身体が、ぶぐりと膨れ上がる。
危険を察してラギトが後退するのと同時に、肉という肉が爆発的に膨張した。 -
我が子を授かる夢
がああぁああああぁぁああっ!
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人の擬態を捨てた〈ロストメア〉の本性――でたらめな悪夢を形にしたような怪物の肉体が、みるみるうちに巨大さを増していく。
もはや部屋には収まりきらず、天井を破り、壁を破砕し――館そのものを半壊させて立ち上がった。
ラギトはその前に壁を砕き、路地へと出ていた。
ちらりと館に視線をやるが、エインの〈ロストメア〉がどうなったのかはわからない。
砕けた煉瓦が降り注ぎ、濛々たる粉塵を巻き上げる。
たちまち、周辺の路地から悲鳴が上がった。 -
我が子を授かる夢
もはやおまえなど〝我が子〟にはしない!
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蝶がさなぎを割るように、館を破壊しながら立ち上がった〈ロストメア〉が、怒りにまみれた叫びを放つ。
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我が子を授かる夢
死ぬがいい――
〈夢魔装〉 ! -
石畳ごとラギトを押し津そうと、巨大な拳を振り上げる。
その拳を、一条の雷撃が貫いた。 -
我が子を授かる夢
ぎゃあっ。
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天から落ちた雷ではない。近くの家の屋根から、地面と水平に放たれたものだった。
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リフィル
激しい魔力の反応があったと思えば――
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黄昏を溶かしこんだような黄金の髪が、風にはためく。
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リフィル
派手な喧嘩ね。
〈夢魔装〉 。 -
〈黄昏〉 リフィル。世界最後の魔道士が、皮肉げに目を細めていた。 -
ラギト
もっと慎ましく喧嘩するつもりだったんだが、相手は思った以上に派手好みでな。
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苦笑し、ラギトは〈ロストメア〉へと向き直る。
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ラギト
ひとつ、共闘と洒落込みたい。手を貸してくれるか。
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リフィル
魔力と報奨金をもらっていいなら。
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ルリアゲハ
せめて山分けが筋ってものでしょ、リフィル。
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別の屋根から跳躍した女が、ひらりとリフィルの傍らに立つ。
艶やかな衣装を身にまとい、手元の銃をくるくる回す銃使い――〈墜ち星〉 ルリアゲハ。 -
ラギト
ぜひそれで頼む。俺にも生活があるからな。
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リフィル
まあいいわ。あれだけの獲物なら、魔力も数匹分はあるだろうし。
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ルリアゲハ
報奨金も、もちろんね。ちょうど良かった。最近、欲しいブーツがあったのよ。
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我が子を授かる夢
〈メアレス〉どもが――邪魔をするなぁっ!
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〈ロストメア〉が吼え猛る。
リフィルは両手にきらめく魔力の糸を、ルリアゲハは手にした銃を構えた。 -
ラギト
奴が放つ魔力には触れるな! 〝我が子〟にされるぞ!
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ルリアゲハ
それがあいつの能力? これまた厄介な代物ね!
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リフィル
ならこちらは援護射撃に徹させてもらう。あなたはどうする!?
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ラギト
殴り倒すさ!
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叫び、ラギトは〈ロストメア〉へと向かっていった。