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『魔匠具ばっかりを狙うグループがあるのは確かさ。どうも他のグループから引き抜かれてるらしくてよ。ウチからも一人いなくなった。
で、そいつを問い詰めてみても、ろくに答えが返ってこねえ。まるで別人みてえになっちまって、けんもほろろなんだとよ』 -
ラギト
なるほどな。
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地面に転がる男たちを見下ろして、ラギトはつぶやいた。
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ラギト
確かに話を聞かない連中だ。
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〈夢〉の案内で行き着いた、古い館の前である。
入り組んだ路地の奥にあり、ほとんど陽が当たらない。その上、外観全体が不気味に薄汚れていて、近寄りがたい空気を放っている。
そんな空気を読まずに近づいたところ、中から数人の男たちが現れ、有無を言わさず殴りかかってきた。それを、あっさり返り討ちにしたのだった。 -
ラギト
俺の顔を知らないということはないはずだ。〈メアレス〉に喧嘩を売ろうなんて、普通ならしないはずなんだがな。
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エインの夢
酒場のあいつは?
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ラギト
あいつは特殊さ。サシで俺に勝てれば箔がつく。だから何度も挑んできている。
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エインの夢
それを利用して、情報源にしてるって?
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ラギト
蛇の道は蛇というやつだ。裏社会のことは、裏社会の人間に訊くのがいちばんいい。
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言いながら扉を開け、館の中に踏み込んでいく。
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ラギト
どうやら、思った以上にきなくさいことになっているようだ。
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ロウソクの灯りで照らし出された館内のあちこちから、荒くれどもが雄叫びを上げて飛び出してきた。
ラギトはすばやく前に出る。
右から来る男に先制の拳を叩き込み、左から来た二人目を後ろ蹴りで沈める。
三人目の拳を右手で左に払い、喉元に肘打ち。
くるりと振り向いての上段回し蹴りが、背後から接近していた四人目の側頭部を直撃、打ち倒す。
五人目と六人目が左右から同時につかみかかってきた。
右手と左手の自由を奪われたのも束の間、まずは右の五人目のみぞおちに蹴りをくれて黙らせ、右手を取り戻す。
左の六人目がぐいと押し込んでくるが、これは左半身を回転させるとともに足払いをかけ、さらりと受け流して地面に転がした。
そのまま強烈に顔面を踏みつけると、男の手が力を失い、ラギトの左手を解放する。
〈夢〉が手を貸すまでもなく、襲いかかってきた男たちは揃って気を失っていた。 -
エインの夢
あっさり片づけたね。
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ラギト
この程度ならな。魔力をまとうまでもない。
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館の奥へと視線を向ける。青い瞳が、静かな闘志を帯びていた。
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ラギト
次は、どうかわからん。
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歩き出す。
廊下を踏む靴音が〝来るなら来い〟と言わんばかりに響き渡るが、向かってくる者の気配はない。 -
エインの夢
堂々としたもんだ。黒幕が怯えて逃げたらどうするのさ。
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ラギト
むしろ歓迎してくれているだろう。さっきのは、言ってみれば挨拶代わりの余興だ。
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長い廊下を歩き終え、扉に突き当たった。
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ラギト
さて――鬼が出るか、蛇が出るか。
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扉を開く。錆びかけた蝶つがいが、ギィィ、と悲鳴のような軋みを発した。
やめておけ、という制止の声だったのかもしれない。 -
部屋は、痛々しく荒れ果てていた。壁紙のあちこちが破れていて、中にはざっくりと切り裂かれた痕もある。机や椅子は無惨に脚を折られたり、無造作に転がされたりしていて、まるで殺されたまま放っておかれた悲しい屍のようだった。
誰かがめちゃくちゃに暴れたのか、乱闘でもあったのか――なんにせよ、生々しい暴力の傷痕が刻み込まれた部屋の中央に、ぽつねんと立つ者があった。
女。
非合法的な暴力とは縁のなさそうな、いたって素朴な装いの女が、場違いなほど淑やかに佇んでいる。
彼女はにっこりと微笑みを浮かべ、両手を広げて歓迎の意を示した。 -
女
よく来てくれたわ――かわいい我が子。
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ラギト
人違いをしているようだ。俺の母親はあんたじゃないし、エインの母は死んでいる。
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女
いいえ。あなたはまぎれもなく私の子供よ。
これから 、そうなるの 。 -
微笑む女の身体から、黒い魔力が泥のようにあふれた。
禍々しい風が、おうおうと部屋を揺らす。開かれた扉が頼りなく揺れ、錆びた蝶つがいが、だから言ったのに、とばかりキィキィ泣いた。 -
ラギト
〈ロストメア〉――人擬態級。
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あふれる魔力が部屋のあちこちで固まり、実体を得る。 それは、ぬらりとした質感を帯びた皮膚と、鋭い牙の並んだ大きな口を持つ怪物となり、次々におぞましい産声を上げた。
〈悪夢〉のかけら。〈ロストメア〉が魔力によって生み出す尖兵だ。 -
〈ロストメア〉
さあ、みんな。新しいきょうだいよ。
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女は、傍らに生じた〈かけら〉を愛おしげに撫で回した。
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〈ロストメア〉
歓迎してあげて!
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高らかな命令に応え、〈かけら〉たちが、わっと口を開いてラギトに躍りかかった。
雪崩を打って襲いくる〈かけら〉の群れに、少年はたちまち呑み込まれる。 -
ラギト
きょうだいか。言い得て妙だな。
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どん、と重い音がして、群がる〈かけら〉が一斉に吹き飛んだ。
凄まじい勢いで宙をすっ飛び、周囲の壁や天井に激突――形を失って崩れ去る。
解放されたラギトは、悠々と一歩を進めた。
床に落ちて悶える〈かけら〉を、ぐしゃりと踏み潰す。
闇色の装甲に覆われた、異形の爪先で。 -
ラギト
ある意味、そんなようなものだ。
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告げるその身に、人外魔装を帯びていた。