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ラギト
はあっ!
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黒い旋風が荒れ狂う。
〈ロストメア〉の魔力――闇色の人外魔装 をまとったラギトの拳が、蹴りが、押し寄せる〈かけら〉の群れを薙ぎ払い、蹴散らし、文字通り千切っては投げながら、人擬態級への道を拓いていく。
〈ロストメア〉と融合しているラギトは、その魔性を自在に操ることができる。こうして装甲をまとえば、身体能力は飛躍的に高まり、徒手空拳の一撃が砲弾並みの威力を備えるに至る。
しかし、その姿は地獄から這い出た悪鬼そのものである。〈悪夢のかけら〉との激突も、余人の目には異形同士の殺し合いとしか映るまい。 -
〈ロストメア〉
〈夢魔装〉 ラギト――。 -
そんな光景を前に、人擬態級は恍惚と彼の名を呼んだ。
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〈ロストメア〉
〈ロストメア〉に半身を喰われ、夢を失った〈メアレス〉。畏怖と嫌悪の視線を浴びながら〈夢〉を潰して戦い続ける同類殺し!
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ラギト
お詳しい。おおむねその通りだ。
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〈ロストメア〉
なんて浅ましい。なんて哀れましい。おまえこそ、私の子供にふさわしい!
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ラギト
気に入っていただけて何よりだ。が、こちらにも選ぶ権利というものがある。
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〈ロストメア〉
そんなものなどありはしない。
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〈夢〉の口が、嬉しそうに裂ける。
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我が子を授かる夢
私は〝我が子を授かる夢〟なのだから!
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ラギトの身体を魔力の嵐が取り巻いた。
彼の発したものではない。潰し尽くした〈かけら〉たち――その魔力が渦となり、新たな仲間を求める亡者のようにまとわりついていた。
ラギトは強引に前に出た。人ならざる膂力でもって、魔力の束縛を引きちぎるつもりだった。
が。 -
ラギト
く――!?
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装甲に覆われた膝が床に落ち、ばきりと床板が割れた。
立ち上がろうとするが、できない。
魔力で抑えつけられているわけではなかった。それなら跳ねのけるのは簡単だ。
ラギトを縛っているのは、物理的な力ではなく―― -
ラギト
〈ロストメア〉の、能力か……!
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我が子を授かる夢
その通りよ、愛しい我が子。
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女は、けたたましい笑声を響かせた。
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我が子を授かる夢
〝我が子を授かる夢〟。愛しい我が子を腕に抱く、そんな未来を夢見ながら果たせなかった哀れな女――その願いの残骸である私には、誰かを我が子にする力がある。従順で、忠実で、なんでも言う通りに動いてくれる我が子にね!
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ラギト
辞書を引け。そういうのはしもべと言うんだ。
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我が子を授かる夢
どっちだっていいわ。私が叶うためならね! でも――
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膝を屈したまま動かぬラギトを見て、女は眉を曇らせる。
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我が子を授かる夢
驚いたわね。かなり魔力を高めたはずなのに、それでも〝我が子〟にしきれないなんて。
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〈ロストメア〉は魔力の塊である。そして、彼らの能力の威力は、魔力の量に比例する。
ラギトは己が身に宿る魔力を振り絞り、 〈ロストメア〉のもたらす支配力に抵抗していた。 -
ラギト
それが狙いか。裏社会の人間たちを〝我が子〟として操り、魔匠具を集めさせて、その魔力を喰らう……なるほど、悪くない思いつきだ。
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我が子を授かる夢
そうでしょう? あなたのような強力な〈メアレス〉を〝我が子〟にすれば、安全に門を通ることができる。それになにより、魔力が大きければ大きいほど、叶う願いも大きくなるの――ひとりと言わず、二人三人、百人だって産めてしまう!
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ラギト
おまえの願い主も、そこまで望んじゃいないだろうさ。
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我が子を授かる夢
そんなことないわ。彼女にとっては、子を授かることだけが唯一の望みだったのよ!
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人擬態級は金切り声を上げて悶えた。その瞳から、つう、と透明なしずくがしたたる。
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我が子を授かる夢
でも、だめだった。彼女は子供を産めない身体になってしまったの。夢を捨てるしかなかったのよ! あんなに大事に抱いてくれた、私という夢を! そして絶望のあまり命を断った! そんなことってある? そんな悲しく嘆かわしいことって!
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鬼女のような絶叫は、痛々しいほどの悲しみにまみれていた。
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我が子を授かる夢
私が叶えば、彼女もよみがえる。〝我が子を授かった彼女〟が世界に生まれる! 私は彼女に幸せになって欲しいのよ――愛する我が子に囲まれて、幸せな人生を送ってほしいのよ!!
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ラギトは、しばし目を閉じた。
〈ロストメア〉の多くは、己を捨てた人間を恨んでいる。なぜ夢を叶えることを諦めたのかと――なぜ自分を捨てたのかと、それこそ親に捨てられた子供のように、悲しい憎悪を抱えている。
だが、この人擬態級は違う。どんなに夢を叶えたくても捨てるしかなくなった――夢を捨てざるをえなかった願い主のことを、決して憎んではいない。夢を断たれた彼女の境遇を嘆き、現実の理をねじまげてでも彼女の願いを叶えようとしている。 まるで、理不尽な運命によって親と引き裂かれた子供が、艱難辛苦を乗り越えて親のもとへ帰ろうとするかのように。
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ラギト
(俺の夢も、そうなのか?)
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自分の夢。友と抱いた、外へと羽ばたく夢。
夢を断たれた者――それはラギトも同じだ。この掃きだめのような都市を出て、現実の世界へ羽ばたくという夢は、〈ロストメア〉に融合されたことで潰えた。今の自分が外に出れば、融合した〈ロストメア〉が現実化してしまうからだ。
きっとどこかにいるであろう自分の〈ロストメア〉も、この人擬態級と同じように、自分を恨まず、自分のために叶おうとしているのだろうかと、ラギトは思った。
思って、少し悲しくなった。