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〈ロストメア〉
完璧に化けたつもりなんだけどね。
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少年――エインの姿をした〈夢〉は、ひょいと肩をすくめてみせた。
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〈ロストメア〉
〈メアレス〉って、みんなそんなに目ざといの? それともあんたが特別なのかな。
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ラギト
俺に関しては、においでわかる。エインの記憶があるなら知っているだろう。
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〈ロストメア〉の中でも強い魔力を持つ者は、
人擬態級 となることがある。
彼らは願い主の記憶をもとに、願い主本人や、願いに関わる人間の姿になる。応じて人間と同等以上の知性を備える者も多い。
だが、性格まで酷似するわけではない。願い主は願い主、〈ロストメア〉は〈ロストメア〉。同じ姿と記憶を持っていても、その意志性は、まるで異なるものになる。 -
ラギト
俺を待っていた。そういうことだな。
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ラギトが〈
夢魔装 〉と呼ばれる〈メアレス〉であることを――〈ロストメア〉の力を使って戦う戦士であることを、エインは知っていた。以前、〈ロストメア〉と戦っているとき、仕事に出ていた彼とばったり出くわしたことがあった。
異形の装甲をまとったラギトを、エインは恐れなかった。
それどころか憧れの眼差しを向け、〈ロストメア〉との戦いはどういうものかとか、ラギトにはどんな力があるのかとか、そんなことを矢継ぎ早に聞いてきた。
その記憶を持つ〈ロストメア〉なら、ラギトの前に姿を現せば正体を看破されるのは自明の理だとわからぬはずもない。 -
ラギト
俺とサシでやってみたい――ということなら、受けて立つが。
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〈ロストメア〉
なわけないでしょ。あんたに頼みがあるんだよ。
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ラギト
門を通らせてくれ、なんて頼みは聞けんぞ。
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〈ロストメア〉
エインを救い出したい。
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端的な言葉に、ラギトは眉をひそめた。
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ラギト
エインに何があった?
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〈ロストメア〉
とある紳士からお声がかかったのさ。わしの屋敷で働かんかね、って。
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親を持たない孤児たちにとって、上流階級の使用人は憧れの職業だ。慈善の志を持つ紳士が院を訪れ、有望な孤児を住み込みの使用人候補として引き取っていくことはたまにある。しかし、院を介さず直接、というのは不自然だ。
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〈ロストメア〉
もちろんそいつは嘘だった。ついていったら裏路地で、ガラの悪いチンピラに捕まった。
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ラギト
人身売買か?
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〈ロストメア〉
いや。そいつらは盗みの手駒を探してたんだ。
魔匠具 専門の窃盗グループさ。身体が小さくて、すばしっこくって、いざとなれば切り捨てられるガキをご所望だった。 -
孤児を利用するのは、そういった連中の常套手段だ。何も騙して連れ去るばかりではなく、賃金をやるから手伝えと泥棒の片棒を担がせ、ずぶずぶと裏社会に引きずり込んでいくことも多い。盗みや暴力で生計を立てることを覚えた子供たちは、今さら日の当たる道に戻ることもできず、やがて組織の正式な一員となって、昔の自分のような子供を探す。
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エインの夢
もう組織からは逃げられない。だからエインは諦めて、その〈夢〉が俺になった。
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〈夢〉は、やるせなく嘆息した。
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エインの夢
このまま門を通れば、俺が叶ってエインは解放されるかもしれない。でも、俺が〈メアレス〉に倒されたら、永遠にエインの夢が叶わない。
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ラギト
そうだな。
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エインの夢
だから、頼みたいんだよ。エインを救い出してくれ。あいつが解放されて、元の夢を取り戻したら……俺は、門を通る必要がなくなるんだ。
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ラギト
いいだろう。
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〈夢〉は目をぱちくりとさせた。
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エインの夢
即答かよ。
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ラギト
どのみち、エインが捕まっているなら助けなきゃならん。ついでにおまえが
都市 の脅威でなくなるなら、一石二鳥だ。 -
他の〈メアレス〉なら、こんな交渉は成立すまい。〈ロストメア〉を倒し、食い
扶持 を稼ぐために戦っているのだから。
ラギトは違う。都市を守る――それが戦う理由だ。食い扶持を稼ぐのも大事だが、孤児院に寄付するくらいの余裕はある。
〈夢〉は、皮肉げに肩をすくめた。 -
エインの夢
さすが〝ラギトの兄貴〟は話が早いね。じゃ、エインのいるとこへ案内するよ。
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ラギト
頼む。ところで、おまえはどういう〈夢〉なんだ?
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エインの夢
エインに聞きなよ。自分の夢を勝手にべらべら吹聴されるの、気持ちのいいもんじゃないだろ。
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咎めるような口調で言われ、ラギトは思わず苦笑した。
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ラギト
〈夢〉に説教されるとは。