黄昏メアレス
プレストーリー
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通りから少し引っ込んだあたりに、こぢんまりとした煉瓦造りの孤児院が建っている。
洒落た外観は、一昔前に流行った様式だ。当時は当世風の美女という趣だったのだろう。今は、積み重ねた年月の重みがある種の風格となって、老齢の淑女めいた気品を醸し出している。
さんざめく子らの笑い声が、その気品を損なっていると見るか、子らを見守る老女の優しさをも感じさせると見るかは、人それぞれだろう。 -
少女
あ、お兄ちゃんだ! ラギトお兄ちゃん!
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門を潜ると、中庭で遊んでいた子供たちが、わっと群がってきた。
下は四歳頃から、上は十歳過ぎまでと、年齢層はばらばらで、肌の色や髪の色も様々だ。
そんな彼らが、夏の陽射しの下できらきらと眩しい笑顔を見せる様は、色とりどりの花畑のようだった。 -
ラギト
久しぶりだな、みんな。
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ラギトは微笑し、ひとりひとりと掌を打ち合わせた。
誰かがなんとなく始めたことが、今では来訪を歓迎する儀式になっている。
「おやつ、持ってきてくれたの?」「いっしょにあそぼうよ! かくれんぼがいい!」「あたし、〈ロストメア〉の話が聞きたい!」 -
ラギト
順に解決していこう。
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ラギトは笑い、手提げ袋を持ち上げた。
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ラギト
まずはおやつだ。ニーレイはいるか?
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ニーレイ
へえ、ここに。
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壮年の男が、へこへこと頭を下げながら近づいてきた。
針金のような長身痩躯を極端なほど縮こまらせ、うかがうような上目遣いで見やってくる。
親と子ほど年齢の離れたラギトへの態度としては不気味なほどの卑屈さだが、ラギトもとうに慣れているので、驚くでもなく袋を渡した。 -
ラギト
うまくわけてやってくれ。
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ニーレイ
へえ、そりゃもちろん。へへへ……。
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この建物の品格にはまるでそぐわぬ、下卑た追従笑いが衝いて出る。
まっとうな紳士淑女なら眉をひそめるところだが、これで仕事はきっちりやるし、何より子供好きなのだ。それに―― -
ニーレイ
旦那、ちょいと。
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ニーレイは袋を受け取りながら、にゅうっと首を伸ばし、耳元に囁いてきた。
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ニーレイ
エインがね。妙なんでさ。詳しくは、これに。
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ラギト
そうか。
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ラギトは、袋と入れ替わりに差し出されたメモ書きを受け取り、サッと目を通した。
ラギトが孤児院を訪れるのは、月に一度か二度である。その間、何か変わったことがあれば、こうして教えてくれる。袋の中に忍ばせた代価が充分な額を保っている限り、〝職務〟に忠実であり続けてくれるだろう。
中庭の隅に視線を向ける。少年がひとり、じっとこちらを見つめているのが見えた。
輪に入れなくて手持無沙汰にしている、という感じではないし、かといってもの言いたげな風でもない。値踏みするような――という表現が最も近いかもしれない。 -
ラギト
そういえば、エインと約束があったんだった。
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言って、ラギトは彼の方へと踏み出した。群がっていた子供たちが、するりと間をすり抜けられ、きょとんとなる。
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少女
えー、ずるーい。エイン、ずるーい。
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ラギト
悪いな、みんな。ちょっと待っててくれ。
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少年が、ふいっと顔を背けて歩き出した。ついてこいとばかり孤児院の隅の倉庫へ向かう。
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ニーレイ
さあさ、みんな、ラギトお兄ちゃんからのおやつがあるよ! おや、こいつはブルーベリーのタルトじゃないか! かぐわしい香りがたまらないね、まったく!
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気を利かせたニーレイが子供たちの注目を集めている間に、ラギトはエインと共に、倉庫の中へと入った。
扉を閉める。世界から取り残されていじけていた埃たちが、ここぞとばかりに舞い上がり、天窓から差し込む陽の光の中で、きらきらと踊り狂う。
そのきらめきのなかで、少年の瞳はただならぬ強さを帯び、ぞっと底光りしていた。 -
ラギト
さて……。
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ニーレイから渡されたメモには、こうあった。
〝エイン 一月前に家出 一週間前に突然戻ってきた〟
ニーレイは端的に起こった出来事を記しただけだ。その裏にある事実までは、想像できてさえいまい。
少年を見返し、ラギトは静かに問いかけた。 -
ラギト
本物のエインはどうした?――〈ロストメア〉