BGMを再生する
-
続いて、裏通りの酒場を訪れた。
-
エインの夢
奴らのアジトはここじゃない。
-
ラギト
知ってるさ。
-
中に入ると、塊のようになった匂いが、むわっと押し寄せてくる。
酒、煙草、ロースト肉、なんだかよくわからないがとにかく身体に悪そうな何か――そんな匂いが混ざり合って、〝一見さんお断り〟を告げているようだった。
〈夢〉は顔をしかめたが、ラギトは文字通りどこ吹く風といった様子で、ずかずか中に入っていく。
昼間から飲んだくれているだけあって、客層は〝いかにもガラの悪いチンピラ像〟の博覧会という感じだが、彼を見咎める者はいなかった。
ラギトは奥まったところにある席の手前で足を止めた。 -
ラギト
おう、グムサ。相変わらずいい飲みっぷりじゃないか。忘れたいことが多いのか?
-
からかうような言葉に、ジョッキのビールをあおっていた大男が唸りながら振り向く。
-
グムサ
クソ〈メアレス〉のクソガキが、俺に喧嘩を売りに来やがったのか?
-
ラギト
あんたに何かを売ろうなんて物好きはいないさ。
あんたの財布ときたら、入ったものを酒場 で吐き出すようにできてるからな。持ち主と同じで。 -
グムサと同席していた男たちが、げらげらと下品な笑い声を上げる。グムサは赤ら顔をさらに赤くして、勢いよく立ち上がった。
-
ラギト
俺はむしろ、買い物に来たんだよ。知りたいことがある。
-
グムサ
誰がてめえなんかに。
-
ラギト
教えたくなるようにしてやろうか?
-
ラギトはおもむろにシャツと上着を脱いで、手近な椅子に放り投げた。
あらわになった上半身を見て、酒場中から唸り声やどよめきが上がる。
野生の獣めいてしなやかに引き締まった筋肉はもとより、あちこちに走る古傷の数々が、屈強な荒くれたちすらも瞠目させていた。 -
ラギト
あんたの三連敗だったな、グムサ。
-
グムサ
ここで勝てば、連敗じゃあなくなるぜ。
-
グムサも上着を脱いだ。筋骨隆々で、熊のようにずんぐりとしている。
たちまち酒場中に喝采があふれ、マスターが慣れた様子で賭けを仕切り始めた。少年給仕がトップハットを逆さに持って走り回り、賭け金を集めていく。 -
ラギト
行くぞ。
-
グムサ
おうよ。
-
殴り合いが始まった。
体格差は歴然で、普通なら勝負になるはずもない。しかし、ラギトは一歩も退くことなく、拳を固めて前に出た。
たちまち激しい拳打の応酬が始まり、観客たちの熱狂の声が酒場を揺るがす。
〈夢〉はあきれ顔で手近な柱に背中を預けた。 -
エインの夢
あいつなら、もっと楽に勝てるだろうに。
-
グムサは見かけ倒しではないらしい。ラギトの拳を何発も受け、ぐらつきながらも、豪快な反撃を繰り出している。
ラギトも顔や腹に何度か強烈なパンチを喰らっていた。大きくよろけて倒れそうになりながら、踏みとどまって拳を挙げ、観客たちの一喜一憂を誘う。
酒が入っていることもあり、グムサの攻撃は大振りで単調なものだ。見栄えは派手だし威力もあるが、最強の〈メアレス〉と呼ばれるラギトなら、避けるのは難しくないはずだ。 -
男
あえて喰らっておるのさ、あれは。
-
〈夢〉の隣で声が上がった。柱の下に座り込んだ男が、
煙管 の煙を吐き出しながら、妙に爺むさく笑う。 -
男
一発ももらわず打ち倒す強さもあれば、何発もらおうと耐えきって倒す強さもある。特にこういうところでは、後者の方が好かれるねえ――周囲の観客も、あのグムサにしても、実際に殴られてなお向かってくるタフさを見れば、認めるしかなくなるというものさ。
-
エインの夢
そんなもんかな。
-
男
〈夢魔装〉 に関しては、殴り合えば気持ちが通じると本気で思っているフシがあるがね。 -
歓声が、ひっきりなしに上がり続ける。ラギトとグムサ、双方のタフネスを讃える声だ。
ラギトがグムサの顎に渾身の一発を叩き込むまで、止むことがなかった。