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帝都の路地裏を、小柄な人影が走り去る。
見ればそれは、先程憲兵隊隊長と会話をしていた半獣の男――であったが、その姿は一瞬で変わっていた。
男は、己の顔の皮を剥ぐ――文字通りに。男の顔の下から現れたのは、狩猟戦旗の一席、アイシャ――。
半獣の男の皮は、一瞬で燃え尽き、消えた。
続いてアイシャのまとっていた衣服――半獣の男のまとっていた衣服が崩れ、消える。
魔法を使った変装では、帝国軍憲兵隊は騙しきれない。
だが、魔法を使って生み出した皮膚に、衣服をまとっての状態ならば――
魔法の痕跡は辿りきれない。「問題は匂いだ――象の獣人の嗅覚をごまかすのは並大抵じゃない」
無論、匂いもコピーはしている。
だが、獣人の鼻を数分以上ごまかすことは困難であった。「さて、これで憲兵隊が機密ファイルを追うのを諦めてくれるといいがね」
アイシャは、あの象の獣人に嘘を語った。
犯人は、機密ファイルを始末してなどいない。
アイシャは伝声のルーンを取り出した。離れた場所同士で声を伝達する希少なルーンである。「こちら<占い師>、応答せよ」
「こちら<司書>です。こんにちわアイシャさん。何かわかりました?」
「やれやれ<司書>か。……確かに君はいつも本を持ち歩いているな、ニナ」
「アイシャさんこそ……<占い師>って、ジェリービーンズがお好きだからですよね?」
「占い師とは、最低のコードネームだな。本人を連想させる単語は普通NGだろうに。一体誰がつけたんだ?」
「キリエさんですよ?」
「馬鹿なのかあいつは。まあいい。事件の鑑識を担当しているのは、陸軍に所属の魔道士たちで間違いないか?」
ニナは、キリエの手配した分析官であった。現場の諜報員をサポートするのが分析官の役割である。
アイシャは出会って数分で、ニナという分析官の能力を見抜いていた。「はいそうです。現場検証を打ち切って、現在鑑識作業中とか」
「その中の一人が真の実行犯だ」
「ええっ!? そ、そうなんですか……?」
「さして意外でもないがね。警備兵がやったのは、ファイルを隠すところまでだ。そいつもグルなのか……もしくは魔法で操ったか、どちらかだろう」
「隠す……? まさか、ファイルを現場に隠したんですか?」
「流石だな分析官。そう、木を隠すなら森だよ。魔法で匂いを消した後、他のファイルの山につっこんだ。これで機密ファイルは消える」
「そのファイルを……あっ!! 鑑識を行っている魔道士さんが回収して……!」
「おそらく今頃、クライアントの元に向かっているはずだ。鑑識を担当している魔道士のリストを割り出し、不審な人物を特定しよう」
「えっえっ!? ……誰でしょうね……百人以上いらっしゃいますけど……」
「今席を外しているものは?」
「問い合わせてみます!」
程なく、ニナから再度の連絡があった。
「今席を外しているのは一人だけ……ケンプトン・ジャビーさんという方が、ルーン工学研究所のラボを使いたいということで向かっています」
「ケンプトンの顔はわかるか?」
「わかります~!。職員さんのリストに写真が!」
「写真を、現在空を見張っている憲兵隊に見せろ。彼等の目が頼りだ」
上空を飛ぶ鳥の獣人族は、優れた視力をもっている。上空から人々の顔を見分けることも容易い。
「はい~。あのう……」
「どうした? ニナ」
「私の使い魔たちに追跡してもらってるんですが……駄目だったでしょうか?」
「君は……そんな便利なものを使えるのか?」
使い魔……魔法で作られた、自動装置である。ニナは魔法を使った情報収集のエキスパートであった。
「はい! あっ、使い魔のみんなが、それらしい人を見つけたみたいです!」
アイシャは思わず舌を巻く。
ニナは優秀であった。
<狩猟戦旗>の一員となるほどに――
かの特務機関の構成員は、一人残らず人外であった。
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