1. 帝都の路地裏を、小柄な人影が走り去る。
    見ればそれは、先程憲兵隊隊長と会話をしていた半獣の男――であったが、その姿は一瞬で変わっていた。
    男は、己の顔の皮を剥ぐ――文字通りに。男の顔の下から現れたのは、狩猟戦旗の一席、アイシャ――。
    半獣の男の皮は、一瞬で燃え尽き、消えた。
    続いてアイシャのまとっていた衣服――半獣の男のまとっていた衣服が崩れ、消える。
    魔法を使った変装では、帝国軍憲兵隊は騙しきれない。
    だが、魔法を使って生み出した皮膚に、衣服をまとっての状態ならば――
    魔法の痕跡は辿りきれない。

    「問題は匂いだ――象の獣人の嗅覚をごまかすのは並大抵じゃない」

    無論、匂いもコピーはしている。
    だが、獣人の鼻を数分以上ごまかすことは困難であった。

    「さて、これで憲兵隊が機密ファイルを追うのを諦めてくれるといいがね」

    アイシャは、あの象の獣人に嘘を語った。
    犯人は、機密ファイルを始末してなどいない。
    アイシャは伝声のルーンを取り出した。離れた場所同士で声を伝達する希少なルーンである。

    「こちら<占い師>、応答せよ」

    「こちら<司書>です。こんにちわアイシャさん。何かわかりました?」

    「やれやれ<司書>か。……確かに君はいつも本を持ち歩いているな、ニナ」

    「アイシャさんこそ……<占い師>って、ジェリービーンズがお好きだからですよね?」

    「占い師とは、最低のコードネームだな。本人を連想させる単語は普通NGだろうに。一体誰がつけたんだ?」

    「キリエさんですよ?」

    「馬鹿なのかあいつは。まあいい。事件の鑑識を担当しているのは、陸軍に所属の魔道士たちで間違いないか?」

    ニナは、キリエの手配した分析官であった。現場の諜報員をサポートするのが分析官の役割である。
    アイシャは出会って数分で、ニナという分析官の能力を見抜いていた。

    「はいそうです。現場検証を打ち切って、現在鑑識作業中とか」

    「その中の一人が真の実行犯だ」

    「ええっ!? そ、そうなんですか……?」

    「さして意外でもないがね。警備兵がやったのは、ファイルを隠すところまでだ。そいつもグルなのか……もしくは魔法で操ったか、どちらかだろう」

    「隠す……? まさか、ファイルを現場に隠したんですか?」

    「流石だな分析官。そう、木を隠すなら森だよ。魔法で匂いを消した後、他のファイルの山につっこんだ。これで機密ファイルは消える」

    「そのファイルを……あっ!! 鑑識を行っている魔道士さんが回収して……!」

    「おそらく今頃、クライアントの元に向かっているはずだ。鑑識を担当している魔道士のリストを割り出し、不審な人物を特定しよう」

    「えっえっ!? ……誰でしょうね……百人以上いらっしゃいますけど……」

    「今席を外しているものは?」

    「問い合わせてみます!」

    程なく、ニナから再度の連絡があった。

    「今席を外しているのは一人だけ……ケンプトン・ジャビーさんという方が、ルーン工学研究所のラボを使いたいということで向かっています」

    「ケンプトンの顔はわかるか?」

    「わかります~!。職員さんのリストに写真が!」

    「写真を、現在空を見張っている憲兵隊に見せろ。彼等の目が頼りだ」

    上空を飛ぶ鳥の獣人族は、優れた視力をもっている。上空から人々の顔を見分けることも容易い。

    「はい~。あのう……」

    「どうした? ニナ」

    「私の使い魔たちに追跡してもらってるんですが……駄目だったでしょうか?」

    「君は……そんな便利なものを使えるのか?」

    使い魔……魔法で作られた、自動装置である。ニナは魔法を使った情報収集のエキスパートであった。

    「はい! あっ、使い魔のみんなが、それらしい人を見つけたみたいです!」

    アイシャは思わず舌を巻く。
    ニナは優秀であった。
    <狩猟戦旗>の一員となるほどに――
    かの特務機関の構成員は、一人残らず人外であった。

帝国戦旗・サイドストーリー